-ほんとうの、はなし。- 『かわいそうなぞう』

-ほんとうの、はなし。-
『かわいそうなぞう』

作家・土家由岐雄/画家・武部本一郎(金の星社)

苦しくなった。

悲しくなった。

とても

とても

悲しくなった。

そして

この本を書いてくれていること、

読ませてもらえること、

残してくれていること、

知ることができることに、

心から

感謝を思い、

ご冥福を祈った。

本当の平和を考える

本当の平和を知る

本当の平和を祈る

どうか

世界中の人が

少しでも多くの人が

この本に出会いますように。

本当にあった

かわいそうなぞうの物語。

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『かわいそうなぞう』

上野の動物園。

お花見の人たちが押し寄せて、動物園は混みあっていた。

ぞうの檻の前の広場では、ぞうが長い鼻を天に向けて、日の丸の旗を振ったり、カラランランと鈴を振り鳴らしたり、よたよたとまるたわたりをしたりして、大勢の見物人を喜ばせている。

そのにぎやかな広場から少し離れたところに、一つの石のお墓がある。

動物園で死んだ動物たちをお祀りしてあるお墓だ。

ある日、動物園の人が、その石のお墓をしみじみとなでまわして、悲しいぞうのものがたりを聞かせてくれた。

動物園には三頭のぞうがいる。

名前はインデラ、ジャンポー、メナム。

その前にも三頭のぞうがいた。

ジョン、トンキー、ワンリーといった。

その頃日本はアメリカと戦争をしていた。

戦争がだんだんはげしくなり、東京のまちには毎日毎晩爆弾が雨のように振り落とされてきた。

その爆弾が、もしも、動物園に落ちたらどうなることだろう。

檻が壊され、恐ろしい動物たちがまちへでて暴れだしたら。

ライオンも、トラも、ヒョウも、熊も、大蛇も、毒を飲ませて殺したのだ。

三頭のぞうも、いよいよ殺されることになった。

まず暴れん坊でいうことをきかないジョンから始めることになった。

ジョンはじゃがいもが大好きだった。

毒薬を入れたじゃがいもを、普通のじゃがいもに混ぜて食べさせた。

利口なジョンは、口までもっていくがすぐに長い鼻でポンポンと遠くへ投げ返してしまった。

しかたなく毒薬を体へ注射することになった。

とても大きな注射の道具と太い針が準備された。

ぞうの体は大変皮が厚くて太い針はどれもぽきぽきと折れてしまった。

しかたなく食べ物を一つもやらずにいると、

かわいそうに、17日目に死んだ。

トンキーとワンリーの番。

この二頭のぞうはいつもかわいい目をじっとみはった、心の優しいぞうだった。

動物園の人たちは、この二頭を何とか助けたいと考えた。

遠い仙台の動物園へ送ることに決めた。

けれども仙台のまちに爆弾が落とされたら・・・

・・・

上野の動物園で殺すことになった。

餌をやらない日が続いた。

トンキーもワンリーも、だんだん痩せ細り元気がなくなっていった。

見回りの人を見ると、よたよたと立ち上がって

「えさをください」

「たべものをください」

と、細い声をだしてせがむのだった。

そのうちに、げっそりと痩せこけた顔に、あのかわいい目が、ゴムまりのようにぐっと飛び出してきた。耳ばかりがものすごく大きく見える、悲しい姿にかわった。

今までどのぞうも自分の子どものように可愛がってきたぞう係。

「ああ、かわいそうに。かわいそうに」

檻の前をいったりきたりして、うろうろするばかりだった。

すると、

トンキーとワンリーは、

ひょろひょろと体をおこして、ぞう係の前に進み出た。

互いにぐったりとした体を背中でもたれあって、芸当を始めたのだ。

後ろ足で立ち上がった。

前足を折り曲げた。

鼻を高く上げて万歳をした。

しなびきった体中の力を振り絞って芸当を見せるのだった。

芸当をすれば昔のように餌をもらえると思ったのだ。

トンキーもワンリーも、

よろけながら、一生懸命。

ぞう係の人は、もう我慢できない。

餌のある小屋へ飛び込んだ。

そこから走り出て水を運んだ。

餌をかかえて、ぞうの足元へぶちまけた。

「さあ、食べろ、食べろ。飲んでくれ。飲んでおくれ。」

ぞうの足に抱きすがった。

動物園の人たちは、みんなこれを見て

見ないふりをした。

園長さんも唇をかみしめて、じっと机の上ばかり見つめた。

ぞうに餌をやってはいけないのだ。

水を飲ませてはならないのだ。

どうしもこの二頭を殺さなければならないのだ。

けれども、こうして一日でも長く生かしておけば、

戦争も終わって、助かるのではないか、

どの人も心の中で、神様にお願いをしていた。

トンキーも、ワンリーも動けなくなってしまった。

体を横にしたまま、空に流れる雲を見つめているのがやっとだった。

ぞう係の人は、胸が張り裂けるほどつらくなった。

ぞうを見に行く元気がない。

みんな、苦しくなってぞうの檻から遠く離れていた。

ワンリーは十いく日目に、

トンキーは二十いく日目に、

どちらも、鉄の檻にもたれながら、

痩せこけた鼻を高く伸ばして、

万歳の芸当をしたまま

死んでしまった。

ぞうが死んだぁ。

ぞうが死んだぁ。

ぞう係の人が、叫びながら事務所に飛び込んできた。

げんこつで机をたたき、泣き伏せた。

動物園の人たちは、ぞうの檻にかけ集まり、みんなどっと檻の中へ転がりこんだ。

ぞうの体にとりすがった。

ぞうの体をゆさぶった。

みんな、おいおいと声をあげて泣き出した。

その頭の上を、またも爆弾を積んだ敵の飛行機が、ごうごうと東京の空に攻め寄せてきた。

どの人も、ぞうに抱きついたまま、拳を振りあげて叫んだ。

戦争をやめろ。

戦争をやめてくれえ。

やめてくれえ。

後で調べると、

たらい位もある大きなぞうの胃袋には一しずくの水さえも入っていなかったのだ。

その三頭のぞうも、今はこのお墓の下に静かに眠っている。

動物園の人は、目を潤ませてこの話をしてくれた。

石のお墓を、いつまでも、撫でていた。

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この物語を息子に読んだ。

読み上げるのが苦しい言葉たちが並んでいた。

最後の方は、我慢しても堪えられず声を震わせながら読んだ。

物語を聞き終えた息子は、

溢れてくる涙を指で拭きながら、声をしぼるように言った。

ぞう、みんな死んだん?

動物みんな死んだん?

なんで死なないかんの?

何で殺さないかんの?

暴れるかもしれんから?

飼育員さんのばか!

私は言った。

飼育員さん、どんな気持ちだっただろね・・

あなたが大好きな、可愛がっている動物を、自分で殺さなければならなくなったら・・

殺さんもん!!

なんで戦争なんかするんよ!!

息子の頬はとても濡れていた。

そうだよね

本当にそうだよね

なんで戦争なんかするんよね

息子は指で涙を拭きながらお気に入りのぬいぐるみを抱きかかえて突っ伏せて眠りに入った。

この物語に出てくる事実は、きっと、ほんの、ほんの一握りの事実で。

想像するだけで胸が締め付けられる。

苦しくて苦しくて・・苦しくて。

どうか、あらゆる種類の戦争を経験された当事者の方たちの、

苦しみの記憶の、苦しみ自体が和らいでいますように。

どうか「平和」な世界を、日々を、誰もが生きられますように。

この本を大切にしよう。

幾通りもの残酷な事実があったことを知る、

そして

「いつも、知っている」、を大切にしたい。

誰も苦しまなくていいのにね

誰も悲しまなくていいのにね


mikke!

みつける・とらえる・つながる  誰も特別じゃない。誰もが特別な存在。 誰もが表現者であり、誰もが自由に自分を創造できる。 空の下 誰もが みな輝く主人公。 みなが主人公として「好き」をする自分に還り、心地よく、自分の意志で自由に楽しく生きられる優しさだけの世界に。 We are in the Circus World! ノベルセラピー、表現アートセラピー、 ソウルナビゲーション、イメージワーク