NovelTherapy『思い出は廻る』

『思い出は廻る 』

夏 著

これは、ある少年と、かつて少年だったぼくの思い出を巡る物語。


ダレンは絵を描くのが好きだった。

幼い頃から動物の絵を描くのが好きで、よく部屋の壁に落書きをしては母親に叱られた。外で遊ぶことも大好きで、よく飼い犬のロンと一緒に公園をかけ回っていた。白と黒のフサフサした毛並みのロンは、誰よりもダレンに懐いていた。ダレンにとって、ロンは生まれた時から一緒にいる一番の友だちだった。ダレンは父親と母親、ロンと一緒にイギリスのロンドン郊外で暮らしている。人懐っこい性格で、親戚や近所の大人からよく可愛がられていた。ブラウンの髪と同じ色の瞳をもち、丸みを帯びた顔に笑顔がよく似合う男の子だった。


ダレンが五歳の誕生日を迎えた朝、家族三人と一匹で親戚の別荘に遊びに行った。ダレンが住む住宅街から車で二時間ほどの場所にある別荘は、閑静な住宅街とは違い田舎ののどかな村にあり、別荘の近くには湖と森があった。別荘であるコテージに到着し、母親たちが食事の準備をする間、ダレンはロンを連れて湖へ向かった。

そこで、ダレンは「森の精霊」を見た。


ダレンにはお気に入りの絵本があった。祖母が読んでくれたその絵本には、見た人が幸せになれるという「森の精霊」が登場した。精霊は、見る人によって姿を変え、ある人には狼のように、ある人には大きな翼を持つ鳥のように、またある人には少女のような姿で現れる。ただ共通していたのは、精霊はいつも金色の光を纏い、必ず湖の辺りに現れるということだった。


湖の辺りにしゃがみこんだダレンは、「ここは絵本で見た景色にそっくりだ」と思った。透き通った水面には周りの木々が映り込み、太陽の光を反射している。よく晴れた日だった。強い風が吹き、ダレンがかぶっていた麦わら帽子が飛ばされた。運良く湖に落ちることなく水際に落ちた帽子を拾い上げた目線の先に、それは現れた。

白いたてがみに、銀色の体躯を持ち、大きな翼の生えた馬のような生き物だった。その生き物の周りだけ金色のオーラのようなものが見える。不思議と怖くはなかった。「ワン!」という鳴き声にびっくりして振り返るとロンが駆け寄ってきた。一度逸れてしまった目線を戻した時にはその生き物は姿を消していた。


自宅に戻ってからも、ダレンは湖のほとりで見た不思議な光景が忘れられなかった。きっとあれは見た人に幸運を運ぶ森の精霊に違いない。ダレンは両親にお願いしてもう一度別荘へ連れて行ってもらった。しかし、半年後、一年後と何度も足を運んでも、湖の辺りには二度と不思議な生き物は現れなかった。


ダレンが十歳を迎えた頃、父親の仕事の関係で遠い街への引越しが決まった。それは、あの別荘へ頻繁に行くことができなくなることを意味していた。新しい街での生活は不安もあったが、徐々に持ち前の人懐っこさで新しい友だちをたくさん作り、充実した毎日を過ごしていた。ダレンはあの日見た光景を、少しずつ忘れていった。


ダレンは引っ越した先の街ですくすくと成長し、大人になり、結婚してやがて息子が生まれた。ダレンは奥さんのカーラと、四歳となった息子のチャーリーを連れて、何十年ぶりにあの別荘へ遊びに行った。湖のほとりに立った時、それまで忘れていた幼い日の記憶が一気に蘇った。もう一度見たいとあんなに思っていた光景を、どうして今まで忘れていたんだろう。それに、自分はもっと大切なことを忘れていやしないかと、ダレンはその場にしゃがみ込んだ。あたりに目を凝らしても、変哲のない、ただし昔と変わらないきれいでのどかな風景が広がるばかりだ。


水際で母親と遊んでいたチャーリーが、ダレンに駆け寄り言った。
「パパ、向こうに何かいた!」
チャーリーが見たというものは、白と黒のフサフサした毛を持つ大きな犬のような生き物で、その周りはキラキラ金色に光っていたという。ダレンとカーラは顔を見合わせた。ロンの特徴にピッタリだったからだ。ロンはダレンが十六歳の時に、老衰で虹の橋を渡っている。チャーリーはロンのことを知らないはずだ。ただ、かつての友だちが息子の前に現れたかもしれないことに、ダレンは嬉しさのような、泣きたくなるような気持ちになった。


数日後、ダレンはチャーリーから聞いた話を元に絵を描いた。チャーリーが見たロンの姿と、自分の記憶の中のロンを重ね合わせた。さらに、森の精霊となったロンと少年チャーリーの物語を絵本にして、彼の五歳の誕生日にプレゼントした。チャーリーは、あの時のワンちゃんだ!と喜び、部屋をかけ回った。

絵を描いたのは久しぶりだった。昔はあんなに絵を描く事が好きだったのに。大切な友だちの姿を絵に残すことで、絵を描く楽しさを思い出したこと。息子に新たな思い出を作る事ができたこと。これが森の精霊がくれた幸せなのかもしれないなと、ダレンは息子の頭を撫でた。



おしまい


mikke!

みつける・とらえる・つながる  誰も特別じゃない。誰もが特別な存在。 誰もが表現者であり、誰もが自由に自分を創造できる。 空の下 誰もが みな輝く主人公。 みなが主人公として「好き」をする自分に還り、心地よく、自分の意志で自由に楽しく生きられる優しさだけの世界に。 We are in the Circus World! ノベルセラピー、表現アートセラピー、 ソウルナビゲーション、イメージワーク